先週末、急に右足に激痛が走りました。

最初は気のせいかと思ったのですが、どんどん痛みが強くなり、立つ・座る・歩くといった日常動作はもちろん、横になっていても痛くて夜も眠れない状態になりました。

これはまずいと思い病院を受診し、レントゲンとMRIを撮ってもらいました。幸い骨や脊髄には問題はなく、痛み止めや湿布を処方していただき帰宅。二日間安静にし、まだ痛みはありますが、なんとか日常生活は送れるようになりました。

今回の経験で改めて感じたことがあります。

足が動かないこと。

痛みが24時間続くこと。

それは想像以上に辛いことでした。

「このまま治らなかったらどうしよう。」

そんな不安が頭から離れませんでした。

病院では、待合で座ることも辛く、待ち時間はベッドで休ませてもらい、ご厚意で移動は車椅子を使わせていただきました。

そして今回、普段は車椅子を押す側の私が、患者として押してもらう側を初めて経験しました。

そこで感じたのは、

ケアの本当の価値は、受ける側になって初めて分かる。

ということでした。

看護師さんや技師さんの何気ない声かけ。

「大丈夫ですか?」

「立てますか?」

その一言一言が、本当にありがたかった。

こちらがお願いしてないのに

ベッドから車椅子へ移る時に手を貸してくれる。

車まで送ってくれる。

私に無理のない薬の受け取り方法を一緒に考えてくれる。

どれも特別な行為ではありません。

でも、その時の私にとっては、どれも救いでした。

人は弱った時、技術だけでは救われません。

人の心遣いと気遣いに救われます。

 

そしてもう一つ、患者として気づいたことがあります。

 

車椅子の少しの振動。

段差を越える揺れ。

身体が少し壁に触れること。

健康な時には気にならないことが、痛みのある身体には驚くほど響きます。

これは実際に経験しなければ分からなかったことでした。

私たちも日々、利用者様の身体に触れ、移乗し、車椅子を押しています。

慣れてしまえば当たり前の動作です。

でも、受ける側にとっては当たり前ではない。

その一つ一つが安心にもなり、不安にもなる。

だからこそ私たちの仕事は、技術だけではなく「想像力」が必要なのだと思います。

相手は今どんな痛みがあるのか。

何に不安を感じているのか。

今、何をしてほしいのか。

言葉にならない苦しさを想像し、寄り添うこと。

それが私たちの仕事の本質なのだと、患者側になって改めて感じました。

 

そしてもう一つ、強く感じたことがあります。

病院の方々からすると、私は数多くいる患者さんの一人だったと思います。

でも、私にとっては違いました。

関わってくださった看護師さん達や技師さんは、一人ひとりが「たった一人のスタッフさん」でした。

一回の受診でも顔を覚えています。

かけてもらった言葉を覚えています。

してもらったことを覚えています。

私たちの仕事もきっと同じです。

 

私たちから見れば日常の一場面でも、利用者様やご家族にとっては、その一回、その一言が深く記憶に残る。

だからこそ、

優しさも残る。

気遣いも残る。

そして、雑さも残る。

私たちが提供しているのは、サービスだけではありません。

「この人が来てくれて安心した。」

そう思っていただける時間そのものを提供しているのだと改めて感じました。

本当に辛い時、人を支えるのは大きな事ではないのだと思います。

ほんの少しの気遣い。

ほんの少しの手助け。

ほんの少しの声かけ。

その小さな積み重ねが、人を救う。

今回、自分が患者側になって、それを痛いほど実感しました。

 

最後に、急なシフト調整に対応してくださったスタッフの皆さん、現場を支えてくださったリーダーさん、本当にありがとうございました。皆さんが支えてくださったおかげで、安心して休むことができました。

私自身も改めて、目の前のたった一人のために、丁寧なケアを積み重ねていきたい。

それをしてくださっている皆さまの為に

もっともっと働きやすい環境づくりをしていきたい。

そう思いました。

皆さま

いつも本当にありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

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